2026.10.4 サガン鳥栖vsブラウブリッツ秋田 0−1
この試合も、ここ数試合と同じような焼き回しの内容で敗戦となった鳥栖。
こういう敗戦のときに何がきついか?
鳥栖を好きな人たちの中で、いろいろな分断や、断裂が起きることだ。
厳しく書けば、きついことを書けば
「そうだ!そうだ!選手スタッフはわかってるのか?」
となり、対チームとの対立構造となり、それが気持ちい人もいる。
それでも、がんばれーっと書けば
「何甘いこと言ってるんだ!」
となり、発信した人が責められるだろう。
そして、支えたいだけの優しい人たちを責める構図が生まれる。
それをチームのため、と変換し、責め立てる。
どうしていいか分からないから、少しでも、がんばれー!と声を上げる人がなぜか糾弾される事態になる。
前者でも、後者でも、サポーターにできることなどほとんどない。
ただ、組織の外から、この”勝負”というものを眺めているに過ぎない。
そこが争う必要などなにもない。
自分にとって耳障りな応援スタイルがあれば、そっとスルーすればいいだけだ。
さあ本題に戻ろう。
こういう試合の後にはいろんな声が上がる。
そうやって色々言い合うことで、サッカーを語る、というのも、また文化の1つであり、否定することではない。
鳥栖は明確に残留できるかどうか、という開幕時には思っていなかったであろう戦いに身を投じることになる。
優勝を目指す、という攻めのチャレンジから、
落ちないため、というやや守りの戦いになるのだ。
そこでは勝ち点1を拾うことも大事。
つまり、いいサッカーをして、勝ちを目指すより
「とにかく失点しない」ことを目指すという局面も増えてくる。
そういう戦いを我慢できるか?
今こそ、鳥栖の選手・スタッフ・ファンサポーターの総力が求められる。
サッカーの内容としては見た通り。
秋田がやってくるロングボールによる肉弾戦。
わかりきっているサッカーに対して対策は取れず、クリアは雑になり、押し込まれる。
DFラインが下がれば秋田はそこに人を送り込む。
当然ロングボールからの攻撃なのでチャンスの質は低い。
だけど怖い。
そしてセットプレーからまんまと失点。
秋田としてはこれ以上ない、やりたくない事も全力でやり、我慢するところをして、勝ち切った試合だった。
鳥栖はやりたいことを全力でやり、ミスが続いたら、「もっと完璧な崩し」を求めて、ゆっくりと配置を変えながら、何度も挑戦した。
そう、、、時間が無限にあり、相手が止まっていれば120点のサッカーができるのだろう。
しかしサッカーにおいて正解は「時間」との戦いでもある。
早ければ正解だったプレーが遅ければ不正解となる。
鳥栖は今年この”スピード”を無視したサッカーをしている。
必死に正解を探している。今の配置で、今の位置で、何が正解か?を考えてプレーしているように見える。
希望溢れる昇格へのチャレンジは潰えた。
可能性がある限り目指すのは当然だが、
それを言い過ぎて、「素晴らしい内容と結果」を目指して試合を開始して、
うまくいかないと落ち込む。
まずはこのループを止めなければ。
どうしようもない、渋い試合をしながら、最低勝ち点1を拾う。
その中で運が良ければ勝ち、悪ければ負けもある、、という弱者の立場で望まなければ、と感じている。
強い立場で、良いサッカーを目指しすぎるあまり、それがはまらないと早々に「なんか今日もだめだなあ、、、」と淡々と「いい時間」がくるのを待ち続ける、主体性のないサッカーになってしまうことを危惧しいてる。
秋田戦。
スタメンは大きく変えた。しかし試合の進め方は何も変わっていなかった。
全てを捨てる勇気は持てるか?
勝ち点1を全力で取りに行って、泥臭くマイボールのスローインにしたプレーに本気で拍手し、チームで これで良い!と言えるか?
目の前の1つのプレーを大事にしないチームに未来はない。
※ この記事は、2026年10月4日にアメブロ「虚言」で書いたものを移しました。
